ヘンリー・デイヴィッド・ソロー

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau)にとって、「歩く」ことは単なる移動手段や健康法ではなく、「魂の解放」と「野生との合一」を目指す聖なる儀式でした。彼の思想はエッセイ『歩く(原題:Walking)』を中心に凝縮された、その哲学を紐解きます。

  1. 「散策(Sauntering)」の語源へのこだわり
    ソローは、ただ歩くことを「Sauntering(散策)」と呼び、その語源について独自の解釈を披露しています。
  • 聖地を目指す人: 中世に「聖地(Sainte Terre)」を目指して歩いた遍路者のことである。
  • 家なき人(Sans Terre): どこにも家を持たず、しかしどこにいても我が家のようにくつろげる人のことである。
    彼にとって歩く人(ウォーカー)とは、「日常の義務を捨て、聖なる地(=野生)へ向かう巡礼者」を意味しました。
  1. 「野生」こそが世界の救いである
    ソローの最も有名な言葉の一つに、「野生の中にこそ、世界の救いがある(In Wildness is the preservation of the World)」があります。
  • 文明からの脱却: 彼は、道路や町といった「舗装された文明」から離れ、道なき森や沼地を歩くことを好みました。
  • 野性的本能の回復: 人間が社会的な役割(仕事、世間体)を脱ぎ捨て、一匹の動物として自然の中に没入することで、本来の生命力を取り戻せると説きました。
  1. 「背中の後ろに町を置く」
    ソローは、歩き出すときには「過去も義務もすべて忘れるべきだ」と考えました。
  • もし森を歩いているときに、町の用事や家計のことを考えているなら、「自分はまだ体だけで、心は森に届いていない」と厳しく戒めました。
  • 彼が理想としたのは、1日4時間は完全に自由になり、世俗から切り離されて歩くことでした。
  1. 方角の哲学:常に「西」へ
    ソローは歩く際、心理的に「西」へ引き寄せられると述べています。
  • 東(過去・文明): 古い歴史や慣習がある方向。
  • 西(未来・未開): 未知の可能性と野生が広がる方向。
  • 彼にとって歩く方向を選ぶことは、自分の生き方(自由を求めるか、過去に縛られるか)を選ぶことと同義でした。

現代へのメッセージ

ソローの『歩く』を現代風に解釈すれば、それは**「デジタル・デトックス」や「マインドフルネス」の先駆け**と言えます。スマホを置き、目的を決めず、ただ自然の音を聞きながら足を動かす。その瞬間に、私たちは社会の歯車から「一人の人間」に戻ることができます。

ソローの代表作『ウォルデン(森の生活)』でのエピソードは、コリン・フレッチャーが追求した「自立して歩くこと」の究極の原点ともいえる物語です。
彼は1845年から約2年間、マサチューセッツ州のウォルデン池のほとりで、「人生の贅肉を削ぎ落とし、本質だけを味わう」ための実験生活を送りました。その中から、歩くことや生きることの本質を突いたエピソードを紹介します。

  1. 「歩く」ために家を建てた
    ソローが森の中に建てた小屋は、わずか28ドル12セント(当時の平均的な年収の数分の一)という格安な費用で、しかも自分一人の手で作られました。
  • 目的: 彼は豪華な家を建てるためや、その維持費を払うために人生を浪費することを嫌いました。
  • 哲学: 「家をシンプルにすれば、維持するための労働時間が減り、その分『森を歩く時間』を最大限に確保できる」と考えたのです。これはフレッチャーがバックパックひとつを「動く家」にした、ミニマリズムの思想と見事に一致します。
  1. 「3つの椅子」の話
    ソローの小屋には椅子が3つしかありませんでした。
  • 1つは孤独のため: 自分自身と向き合うため。
  • 2つは友情のため: 友人が訪ねてきたとき。
  • 3つは社会のため: それ以上の客が来たときは、みんなで外の「森」に出て、歩きながら話せばいいと考えたからです。
    ここにも、「思考や対話の場は、部屋の中よりも歩いている時の方が豊かである」という彼の信念が現れています。
  1. 「鉄道」を歩いて追い抜く
    当時の最先端技術だった鉄道に対して、ソローは非常に面白い皮肉を言っています。

「私が今から町まで歩き始めれば、今夜には着くだろう。しかし、君たちが鉄道運賃を稼ぐために1日働けば、町に着けるのは明日だ。」

  • 哲学: 自分の足で歩くことは、文明の利器を使うよりも「時間的に自由である」という逆説的な主張です。フレッチャーが車を使わずに荒野を歩き通したのも、この「自分のペースを取り戻す自由」を愛したからでしょう。
  1. 深い雪の中に「道」を作る
    冬のウォルデンで、ソローは毎日同じコースを散歩しました。すると、数日後には雪の中に自分の足跡で「道」ができました。

気づき: 彼は、人間がいかに簡単に**「習慣の奴隷」**になってしまうかを痛感しました。一度できた道をなぞるのは楽ですが、心もまた同じように、既存の考え方の轍(わだち)を走り始めてしまう。

教訓: 彼は定期的に歩くルートを変え、常に新しい景色と新鮮な思考を求めました。

フレッチャーとソローが私たちに教えること

この二人に共通するのは、**「所有(何を持つか)」ではなく「存在(どうあるか)」**を重視した点です。

ソローは、動かない小屋を拠点にしながらも、精神は常に外の世界(野生)を歩き回っていました。

フレッチャーは、小屋そのものを背負って(バックパック)、実際に地球の皮を歩き回りました。

どちらも「歩くこと」を通じて、**「自分を生かすために、実はそれほど多くのものは必要ない」**という事実にたどり着いています。

いい

コメントする